万座 湯房物語



湯房物語〈16〉


っそりと咲く

標高1800メートルの万座へのアクセスで欠かせない万座ハイウェーを走りました。

d0137653_196157.jpg今の時期になると、最寄駅のある三原は20度を超えて、初夏を思わせる日もあります。

嬬恋高原ゴルフ場、表万座と車を進めていくうちに、確実に景色、空気さえも変るのがわかります。


d0137653_1972297.jpgいよいよ山深くなってきたなぁと思う頃、車線左側に

大きな大きな桜の木

があるのをご存知でしょうか・・・

そして、その近くに、ひっそりと3本の桜の木があるのをご存知でしょうか・・・

5月の中旬でも花を蓄えて、ひっそりと咲く大山桜。

そしてその隣には、人知れず「万座高原神社」が佇んでいるのです。

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d0137653_19281643.jpg30年近く万座の住民でいながら、参拝した事がありませんでした。

不遜な支度ではありましたが、立ち寄りご挨拶をしてまいりました。


この周辺には明治41年より吾妻鉱山として硫黄の採掘が始まり、業績と共に携わる人が増え、昭和初期には本邦第四位の硫黄鉱山となり集落もでき、世帯数55戸、人口は258名を数えるほどになったそうです。

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何故、この鉱山跡に万座高原神社が祭られたのかは解りませんが、近年人が尋ねることの無いこの場所に立ち入り、3本の桜の花の下に立った時、当時の人々の生活の漂いを感じました。

このような厳しい自然環境の炭鉱で働き暮らしていた人々にとって、きっとよりどころであったに違いないこの場所で、お社を静かに見つめつつ咲く3本の桜に再び感動し、桜好きの私にとっては新しい発見と感動を頂いた経験でした。


どこかの公園で沢山の人々に見て頂き、和ませる桜。

多くの人々を上から見下げて狂喜乱舞させる桜。

それぞれの備えられた所で精一杯咲く桜。

今日は、ひっそりと・・・そして強く凛と咲く桜に出会えた良い一日でした。



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---湯房物語の続き---

元旦当日、流石に白衣は着ていないが、保健所の職員が2名お正月返上で私を訪ねてきた。まず、自宅で問診を受ける。インドに同行した他5名も呼ばれ、次々に滞在中の食事内容や体調を質問され、いよいよ私の周辺を消毒するという話になった。6名で行ったにも関わらず、黒岩麻利子だけが発症した事。すでに熱も下がり平常に生活できるほどに回復していること。帰国してから自宅と病院以外出かけていない事などから、旅館の方までは必要無しとの判断が下った。あの時の感謝と安堵感は今でも忘れられない。

早速、消毒薬の配合とやり方の指示を受け、実行する。おまけに保健所から「法定伝染病」の認定書まで出て、事の重大さに驚きながらも、すでにその頃には回復していたので、「やっぱり私は選ばれた人なのよ!」などと憎まれ口を利くような元気さを取り戻し、念のため1月7日では自宅待機と言うことで、嫁いで来て始めて仕事をしないお正月を経験した。

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                 旅館業掟破りのカミングアウト 就業制限解除通知書

本当に、危機一髪のところを、正に神様に助けられた!そんな2003年の幕開けだった。


※この物語は2002年12月~2003年1月の回想物語、過去のお話です。現在ではございませんのでご安心くださいませ。


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by manza_mama | 2008-05-19 18:11 | 湯房物語〈16〉~〈20〉
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万座温泉・日進舘女将が、湯房建設のエピソードをつづります。
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