万座 湯房物語



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湯房物語(17)


散る・・・と思う

d0137653_16551822.jpg明日はいよいよ嬬恋きゃべつマラソン

出だし好調であった私のトレーニングは志半ばで足を痛めてしまい、明日本番という今になっても足の痛さが抜けないのです。

「助けてくださ~い!」

と叫んで可愛いのは18歳まで!!!


51歳はどんなに痛くても不様でも、参加することに意義があるのです!

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しかし、この痛さで完走できるでしょうか・・・無理・無理・無理・無理・無理・無理・無理・・・と思う!

まあ、とりあえず明日は気合だけで

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嬬恋高原キャベツマラソン
http://www.manza.co.jp/event/marathon/20080601.html




---湯房物語の続き---

その年は、インフルエンザが猛威を振るい、お客様もスタッフも風邪引きの方が多い冬を過ごしていた。私は普段から丈夫で風邪など引いた事が無いのが自慢であったにもかかわらず、2月の末に不覚にもインフルエンザにかかってしまい、再び病院へ。。。同じ先生であった為に、「又インドに行ったのかね?」と軽口を言われ、今度も発熱の中ふらふらしながら自宅に戻る。今年になって、何度も熱を出す羽目になり、病気と無縁であった自分がどうしてしまったのだろうと不安を覚えながらも、周囲には「知恵熱!」と負け惜しみを言いながら、再び自宅療養。

暦は3月になっていた。下界では春を告げるニュースがちらほら聞こえてはいたが、標高1800メートルの万座温泉は連日の吹雪で大荒れの天気が続いていた。

めいる気持ちを奮い立たせて、今日は3月3日の雛祭り。さあこれから今までの分を取り戻す為にも頑張るぞ!と意気込み出勤。

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フロントに出向いた私が聞いた第一声は・・・「女将さん、長寿の屋根が吹き飛ばされました。」何とも、次から次へと事件が起こる年であった。



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by manza_mama | 2008-05-31 17:16 | 湯房物語〈16〉~〈20〉

湯房物語〈16〉


っそりと咲く

標高1800メートルの万座へのアクセスで欠かせない万座ハイウェーを走りました。

d0137653_196157.jpg今の時期になると、最寄駅のある三原は20度を超えて、初夏を思わせる日もあります。

嬬恋高原ゴルフ場、表万座と車を進めていくうちに、確実に景色、空気さえも変るのがわかります。


d0137653_1972297.jpgいよいよ山深くなってきたなぁと思う頃、車線左側に

大きな大きな桜の木

があるのをご存知でしょうか・・・

そして、その近くに、ひっそりと3本の桜の木があるのをご存知でしょうか・・・

5月の中旬でも花を蓄えて、ひっそりと咲く大山桜。

そしてその隣には、人知れず「万座高原神社」が佇んでいるのです。

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d0137653_19281643.jpg30年近く万座の住民でいながら、参拝した事がありませんでした。

不遜な支度ではありましたが、立ち寄りご挨拶をしてまいりました。


この周辺には明治41年より吾妻鉱山として硫黄の採掘が始まり、業績と共に携わる人が増え、昭和初期には本邦第四位の硫黄鉱山となり集落もでき、世帯数55戸、人口は258名を数えるほどになったそうです。

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何故、この鉱山跡に万座高原神社が祭られたのかは解りませんが、近年人が尋ねることの無いこの場所に立ち入り、3本の桜の花の下に立った時、当時の人々の生活の漂いを感じました。

このような厳しい自然環境の炭鉱で働き暮らしていた人々にとって、きっとよりどころであったに違いないこの場所で、お社を静かに見つめつつ咲く3本の桜に再び感動し、桜好きの私にとっては新しい発見と感動を頂いた経験でした。


どこかの公園で沢山の人々に見て頂き、和ませる桜。

多くの人々を上から見下げて狂喜乱舞させる桜。

それぞれの備えられた所で精一杯咲く桜。

今日は、ひっそりと・・・そして強く凛と咲く桜に出会えた良い一日でした。



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---湯房物語の続き---

元旦当日、流石に白衣は着ていないが、保健所の職員が2名お正月返上で私を訪ねてきた。まず、自宅で問診を受ける。インドに同行した他5名も呼ばれ、次々に滞在中の食事内容や体調を質問され、いよいよ私の周辺を消毒するという話になった。6名で行ったにも関わらず、黒岩麻利子だけが発症した事。すでに熱も下がり平常に生活できるほどに回復していること。帰国してから自宅と病院以外出かけていない事などから、旅館の方までは必要無しとの判断が下った。あの時の感謝と安堵感は今でも忘れられない。

早速、消毒薬の配合とやり方の指示を受け、実行する。おまけに保健所から「法定伝染病」の認定書まで出て、事の重大さに驚きながらも、すでにその頃には回復していたので、「やっぱり私は選ばれた人なのよ!」などと憎まれ口を利くような元気さを取り戻し、念のため1月7日では自宅待機と言うことで、嫁いで来て始めて仕事をしないお正月を経験した。

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                 旅館業掟破りのカミングアウト 就業制限解除通知書

本当に、危機一髪のところを、正に神様に助けられた!そんな2003年の幕開けだった。


※この物語は2002年12月~2003年1月の回想物語、過去のお話です。現在ではございませんのでご安心くださいませ。


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by manza_mama | 2008-05-19 18:11 | 湯房物語〈16〉~〈20〉

湯房物語(15)


人の来た道

d0137653_16534621.jpg1936年5月15日。

種田山頭火翁が「日進館」に泊まったとの記載があります。

奥の細道で知られる芭蕉が陽ならば、山頭火は正に陰のイメージではないかと思うのですが、どの資料に目をとうしても、行乏の旅であったように思います。

物が豊かな時代では生まれなかったであろう、心の奥から湧き出すような言葉が、現代に棲む私たちの琴線に触れるのでしょうか。。。

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以下は 『山頭火 日記(六) 春陽堂書店』 より引用



d0137653_17143687.jpg5月15日

まことにしづかな道だつた、かつこうもうぐひすもほうじろもよく啼いてくれたが、雪のあるところはすべるし、解けたところはぬかつているし、はふたりころんだり、かなり苦しんだ。
残雪食べたり、見渡したり、雪解けの水音を聴いたり、ぢつと考えこんだり。
山、山、山、うつくしい山、好きな山、歩き慣れない雪の山路には弱つたが、江畔おくるところの杖で大いに助かった、ありがたしありがたし。

<中略>
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やうやく一里あまり下ると、ぷんと谷底から湯の匂ひ、温泉宿らしい屋根が見える、着いたのは三時だった、何と手間取つたことだらう、それだけ愉快だつた。
とりつきの宿-日進館といふ、私にはよすぎる宿に泊まる、一泊二飯で一円。
すべてが古風であることはうれしい、コタツ、ランプ、樋から落ちる湯(膳部がいかにも貧弱なのはやつぱり侘しかつたが)、何よりも熱い湯の湧出量が豊富なのはうれしい。

 ぐんぐん湧きあがる熱湯が湛へて溢れる湯けむりを見よ。

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d0137653_18252958.jpg旅館は並んで二軒、離れて一軒、どれも相当大きい、たゞし今頃は閑散季で、ゆつくりとしづかである。
自炊式であることはよろしい。給仕してくれないのが私には気楽でよろしい。
さつそく洗濯をする、それから髭を剃り爪を切る、さつぱりする、あかるくなる。
だんだん雲つてきた、とかく山国は雨になりがちだ、明日もまた降るかも解らない。
 山国と味噌汁、朝も汁、晩も汁だ、汁はわるくないが、その味噌が臭くて酸つぱいと弱る。
ねむれないので夜ふけてまた入浴、誰もいない薄くらい湯壷にずんぶりひたつて水音に心を澄ます、・・・・・内湯のありがたさ、山の湯のありがたさである、・・・・・よくねむれた。

d0137653_18264628.jpg 万座よいとこ、水があふれて湯があふれて。
 昔風で行き届かないやうな、気のきかないやうな昔ぶりがうれしい。
 遠慮のない、見得を張らないで済む気安さ。
 のんびりとくつろげる。

 苦湯へ下って一浴びしなかつたことは惜しかつた、その豊富な素朴な孤独味を知らなかつた(長野で北光君に教へられて残念がった)。
草津は金持ちと患者とが入湯するところだらう、万座はしづかに体を養ひ気を吐くところである。プロでもブルでも。
古来からの有名さと交通の便利さとが草津を享楽卿とし、また療養地とした、たしかに草津の湯は効く、浴してゐるといかにも効くやうに感じる。
万座は交通の不便で助かつてゐる、草履穿き杖をつかなければ登つて行けないところに万座のよさの一つがある。

d0137653_18455760.jpgこんこんと湧いてなみなみと湛えてそしてどしどし溢れる温泉のあたゝかさ。
この湯宿は案外田舎式であるが、そこによいところ好ましいところがある。ヘマなサービスぶりにもかへつて愛嬌がある。
朝の膳に川魚のカツレツが載せてある、ちようど草津の宿で、夕飯としてカレーライスをどつさり出されたやうなものだ、おかしくもあり、いやでもあり、珍妙々々。
私が温泉を好むのは、いはゆる湯治のためでもなく遊興のためでもない、あふれる熱い湯に浸って、手足をのびのびと伸ばして、とうぜんたる気分になりたいからである。
豊富な熱湯、閑静な空気が何よりだ。

  水音がねむらせないおもひでがそれからそれへ   種田山頭火


山頭火さん・・・・70年経った今でも、お湯を守りながら、へまなサービスぶりのまま、日進館は息をしています。多くのお客様に励まされながら。。。



---湯房物語の続き---

長い休暇を頂き、自分の住む環境がいかに恵まれていたかという事にも感謝しながら年末年始の準備をしていた頃、急激に腹痛を覚え、発熱、下痢、嘔吐。。。こらえきれずに吾妻総合病院に行き看て頂いた。熱が9度2分。立つことも出来ない状況の中で、即入院かと思いきや点滴の後、解熱剤を頂き帰宅。日付は12月29日になっていた。

こんなことでお正月働けるのだろうかと不安になる。それでも起き上がれないのでお薬を飲みながら自宅で休んでいるところに、保健所から「法定伝染病赤痢」です。至急、全館消毒に伺います。との知らせ。目の前が真っ黒と言うか、真っ白と言うか。。。明日は2003年元旦。今日も明日も五百名以上のお客様がお泊り頂いている。全館消毒と言う事になれば、お客様に多大な迷惑をお掛けするどころか、万座温泉全体にも迷惑がかかり大事になるだろう。新築どころの騒ぎではない。賠償金やら保障金が頭の中を駆け巡る・・・

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          旅館業掟破りのカミングアウト 感染症患者届出受理通知書(左) 消毒命令書(右)

色々悔やまれたが、私のせいで「倒産」するのだ。「助けてください!」私には神様に祈るしかなかった。


※この物語は2002年12月~2003年1月の回想物語、過去のお話です。現在ではございませんのでご安心くださいませ。


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by manza_mama | 2008-05-15 21:07 | 湯房物語(11)~(15)

湯房物語(14)


咲く

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  今年のGWも、多くのお客様にご来館いただきまして、
  誠に有難う御座いました。


万座ハイウェーの途中には、ところどころに薄ピンクの花をつけた大山桜が咲いております。

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五月に桜?と思われる方も多いと思いますが、それどころか残雪も沢山残っております。

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五月に雪?と思われると思いますが、どちらも標高1800メートルの万座に向かうからこその醍醐味です。

d0137653_23193377.jpg今回、新館「湯房」を建築し、自然を破壊しないよう環境省の方々とも何度も打ち合わせを行ないながら事を進めて参り、国立公園第一級に位置する万座温泉の周辺に群生する木々に少なからずの迷惑をかけて竣工しましたから、今後はその償いもこめて、自然環境を守る側に徹する使命を感じております。一個人、一企業に何が出来るのかは分かりませんが、この環境に見合った樹木を建物周辺に植樹し、今後益々進むであろう地球温暖化を阻止するべく努力と愛情の必要性を痛く感じました。


d0137653_2320829.jpg私個人の一番好きな花。。。お誕生日の頃いつも咲き乱れている花。。。「桜」に思いを寄せ、何年か先に雲上の万座温泉で、6月のお花見を夢見ております。

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実は、そんな夢のヒントを与えて下った方がいます。

すでに、私のブログでご紹介させていただいた、守谷商会さん、手前味噌で何ですが、当館社員のネイチャー木村こと木村道紘氏。

女性よりも男性の方が、ロマンティックでデリケートだと聞きますが、本当にそのとおりだと思いました。

更に、植樹で御世話になる楽月園の社長さんは、初対面の時に、

危ない人なんじゃないかな?? と思ったのですが(社長ごめんなさ~い)


やっぱり危ない人でした。。。



嘘・嘘! 本当に職人気質のプライドのある男らしい方で、感動しました。

素敵なロマンティスト達に囲まれて、本当に幸せです。

「人生は出会いで決まる」と申しますが、本当にそのとおりだと思いました。

このゴールデンウィーク、皆様にはどんな素敵な出会いがあったでしょうか。。。

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---湯房物語の続き---

長いフライト時間も苦にならずにニューデリーに到着。それもそのはずで、食事以外の時間は殆ど寝ていた程に疲れていた。その時は仕事疲れだと思い込んでいたために、次回からも海外旅行の時は、徹夜明けに限るなどと呑気にインドでの10日間が始まった。

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もともと神経質な私は誰よりも多くのウエットティッシュを持ち、お水も殆ど口にせず、ウエイターに失礼とは思いながらも、食器やグラスを全部拭いてから食事を頂く感じの悪いお客であったにもかかわらず、旅の後半には少しずつ体調を壊し始め、日本に帰る飛行機の中ではぐったりとして、何故か涙が出て出て、自分でも悲しくも無いのに何故こんなに涙が出るのだろうと不思議だった。成田に付いた時には、寒気もしていて、風邪を引いたのだと思い、沢山の風邪薬を買い求め、万座まで帰った。日付は12月25日になっており、クリスマスの華やかさに励まされ、これから頑張るぞと気合をいれ仕事を再開した。


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by manza_mama | 2008-05-07 23:40 | 湯房物語(11)~(15)


万座温泉・日進舘女将が、湯房建設のエピソードをつづります。
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