万座 湯房物語



湯房物語(3)

寒い毎日でございます。

2008年になり、ホット息をつきましたら8日になっておりました。
今年も年始のご旅行に沢山のお客様にご来館いただき、感謝でございます。

d0137653_1827421.jpg既にご案内のとうり、当社は平成二十年一月一日より社名が株式会社日進舘に生まれ変わりました
湯房という新館が増設され、駐車場には大きな日進館の看板が付きましたが、経営陣は変りません!!!
今年のお正月はオープンしたての湯房に行きっきりでしたから、常連のお客様に「女将どうしてたんや~、つぶれてしもたんかと心配したで!」とか、ご婦人達のヒソヒソ話が聞こえたかと思ったら、「経営者が変ったんじゃないの?」など・・・・
私はずっと館内におりますので、見つけたらお声をかけて下さい。

特に忙しい年末年始を過ごした私の楽しみは体重計に乗る事!
ど~んなに痩せたかと。。。。キャッ!全然痩せてないじゃあ~りませんか@@;
仕事では、簡単に痩せない事を学びました。



---湯房物語の続き---

あっという間に何百㎥という土砂と水が、日進館の周辺をとぐろを巻いた沼のようにしてしまった。当時、日進館の1Fが女子寮になっていた為に、命からがら逃げ出した女の子のスタッフの鳴き声で、いつも楽しい場所である社員食堂は、避難場所と化していた。その日は満館に近く、相変わらず降り続く雨脚は弱まるばかりか強さを増し、軽井沢では2名の生き埋め事故とニュースが流れ、危険を回避する為に日進館近くにお泊りのお客様を高台(本館と別館)に移っていただく作業や、緊急時の誘導の打ち合わせなど、慌しく動いている頃、ますみ荘のご主人が濁流に流されたまま見つからないという一報が入る。何と言うことだろう。。。

d0137653_18275825.jpgそして更に万座温泉に繋がる全ての道路が陥没や倒木の為全線通行止めという知らせが入る。ロビーでは、帰れないお客様が、情報は無いのかと興奮気味、フロントにはこんなに怖い思いをさせたのだから精神的な賠償をして欲しいと怒鳴っている女性、女将さん大丈夫?と気遣ってくださる常連のお客様。今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

ようやく自宅に戻り、TVのチャンネルをつけると映画のようなシーンが映し出されていた。貿易センタービルが燃えている。何故?何がなんだか分からない。。。そう。9.11もう日付が変っていた。水災害は9.10。。忘れる事のできない出来事だった。


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# by manza_mama | 2008-01-07 18:41 | 湯房物語(1)~(5)

湯房物語(2)

年、けましてめでとうございます。

1800メートル上空の万座温泉より、謹んで新年のご挨拶申し上げます。

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昨年末オープンしました「湯房」は万座で一番高台にございます。

こんなに自然とは素晴らしいものかと、今更ながらに感じる景色でございます。是非お泊りにいらして下さいませ。

「過去には理解をもって、将来には夢をもって、周囲には愛をもって」

今年一年頑張りたいと思います。



---湯房物語の続き---

春から始まった打ち合わせも、気が付くと万座の山々は、ほんのり色づき始めたある日の昼下がり、昨夜からの雨音が鳴り止まない不安を感じた正にその瞬間、重苦しい山田部長からの内線電話・・・「女将さん、日進館が危険です。流されるかもしれません。周辺のお客様とスタッフを避難誘導しています。」私は、こんな大雨にもかかわらず、電話をもらうまで旧日進館の危険に気が回らなかった自分に腹を立てながら、「神様、どうか大きな事になりませんように、そして人身事故が起きませんように」と祈り、雨合羽と長靴を履いて旧日進館に向かった。その時私の手には懐中電灯・・・昼間なのに、いったい私はそれをどうしようと思って手にしたのだろうか・・・恐ろしくて何か持たずにはいられなかったのだろうと思う。


d0137653_21222312.jpg私が駆けつけたときは、すでに何人ものお客様が助け出されていた。突然の濁流が流れ込んだ「苦湯」「鉄湯」「真湯」「ラジウム湯」は一瞬建物が持ち上がったとの証言もある。名古屋からの常連のお客様は、裸のまま土石流が流れ込み、もうだめかと思ったその瞬間、いち早く駆けつけてくれていた駐車場係りの板垣さんが勇敢にもお風呂で動けなくなっているそのご婦人を抱きかかえ、助け出してくれた。もう少し遅ければ、二人とも流されていたかもしれない。言いようのない神の守りを感じた。

そしてその時に、お客様も会社も救って下さった板垣さんは、30年間勤めあげた今年の夏、天国に凱旋された。

                                              旧日進館
「有り難う、本当に有り難う・・」もう直ぐ「湯房」が竣工します。天国で見守っていてください。



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# by manza_mama | 2008-01-02 22:00 | 湯房物語(1)~(5)

湯房物語(1)


時の計画では、現在の玄関前の駐車場の一部に36室の建物を建築するというもので、和室中心で一部ベッドルームという今振り返ると現況の別館と変らない間取りであったように思う。

古くて、長い階段を延々と歩いて行って頂く建物に閉口していた私は、間取りよりも本館から少しでも近い所に建つことに夢中になっていたような気がする。それでも、本館の1Fから長寿の湯の下に連絡通路を作り、バリアフリーで「湯房」まで行かれるばかりか、星の見える展望台なるものまで計画に入っていたし、極楽湯まで、つり橋を渡して歩いて頂こうと言う壮大な計画に、胸が高まっていた。新しい建物で商売が出来る!その嬉しさで、どんなに夜遅い打ち合わせでも苦労と思わない日々が続いていた。




6年後の2007年12月。。。まさに明日「湯房」がOPENします。

ここ数日は、多くのスタッフと共に、備品の搬入や許可申請に心血を注いできました。ここまで来ると、夢は必ず叶うのだと実感しています。

多くの困難や想定外のアクシデントを越えてきたからこそ、喜びを噛み締める事のできる今日があります。

今年もあとわずかとなり、思い起こす事もできないような忙しさと充実感は、正に「湯房」のお陰だったと思います。

これから少しずつ、今日に至るまでの物語をブログに懐古しながら、感謝と共に振り返って行きたいと考えています…。


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# by manza_mama | 2007-12-28 20:43 | 湯房物語(1)~(5)

6年前の決断


れはもう6年前になるだろうか・・・突然社長が新館建設の話を持ち出した。


戸惑いながらも、数年の間、新規投資を行わずに、古い建物を労わりながら営業していた私にとって、嬉しさのあまり、頬をつねった事を思い出す。何処に建設するのか、どんな客層を狙うのか、何室つくるのかなどの話し合いが始まった。

とにもかくにも、建築の基本である設計士を決める事から始めようということになり、昭和54年に今の万座温泉ホテルを建築に携わってくださった市川皓一氏にお願いすることが決まった。

市川皓一 市川総合設計室
http://www.jcarb.com/KenchikukaShousai_8708002.html


それ以来、市川先生は何度となく万座に足を運んでくださり、長年の私達の夢に向けて、数々の提案をしてくださった。最初の建築の時には私自身は万座に嫁ぐ前の事であり、どのような苦労があったかなどしらぬまま、新しい建物と一緒に万座の人生が始まったので、初めて手がける旅館建築は、怖くもあり楽しみでもあった。

どんどん設計図が具体的になり、当時業績も順調であった当社に銀行もすんなり融資をしてくださる事が決まり、2001年年末までに設計図を完成させ、2002年の3月までに必要な許可申請を全て取り付け、雪解けと共に着工の予定で素人ながら何度も何度も設計図を見ては、新館の立ち上がる姿を描く毎日だった。

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当時の日進舘万座温泉ホテル全景


それが「湯房」のスタート。

「湯房」・・・お湯を楽しみ、同時に心も癒す処、そんな願いをこめて付けられたその建物に、次々と試練が待ち構えていようとは、誰一人知る術もなかった・・・

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# by manza_mama | 2007-12-23 00:33 | プロローグ


万座温泉・日進舘女将が、湯房建設のエピソードをつづります。
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